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2010-07-30 02:52 | カテゴリ:後悔日誌
明日こそは、明日こそはと思いつつ、ついつい先延ばしにして早2週間。
せっかく修了試験に合格した、小型船舶免許証の申請に行くことができずにいます。

絶対来週早々には行こう。
あてにならない誓いを心に決めたとき、ふと思う事ができてしまいました。
小型船舶操縦免許って、どう言ういきさつでできたんだろう、と。

小型船舶の操縦免許証の制度は、海技免状のように国際的に取り決め(STCW条約)られて存在するものではなく、きわめて稀に国家単位で独自に制定されているものです。
ザッと調べたところでは、スペインと日本くらいしか判りませんでした。
逆に言えば大多数の国では、小型船舶操縦免許と言う制度が存在しないんですね。

ヨソの国では免許要らずの小型船舶に乗るのに、何だって日本ではわざわざ免許を取得しなければならないんだ、となるんですけど、その背景について調べてみたところ、どうもそれなりの事情があって免許制度を作らなければならなかったようなんです。

小型船舶免許の始まりは昭和26年に制定された船舶職員法にある、総トン数5トン以上20トン未満の船舶に乗組むための資格だったそうです。
この時は小型と言う概念はなく、主には漁船用海技免状とでも呼べるもののようでした。

高橋孟さんの「海軍めしたき総決算」によれば、高橋さんが復員されるときに乗り込んだ小さな漁船は長さ12~3m、木製でグロー(焼玉)エンジンを搭載する、機関手と操舵手の2人の人手がいるものだったそうで、大きさを勘案するとおそらくこのあたりが一般的な動力漁船であったとも推察できます。
今どきの小型船舶のように一人で操縦できるものではなかったため、当時は小さな船舶であっても、今で言う大型船と同格の知識や技量が必要と考えられていたのではないでしょうか。

この制度では総トン数5トン未満の船舶であれば、無資格で操縦できたんですけれど、戦争が終わって打ち捨てられた日本軍の大発(大発動機艇:世界初の船首ランプを持つ上陸用舟艇)などや、占領軍で必要のなくなった通信機用などの小型エンジンが大量に民間市場に出回ったこと、また終戦の混乱で食糧事情が良くなかったことなども相まって、水産資源を求めて総トン数5トン未満の船舶が大量に作られるようになったことは容易に想像できます。
船舶ではありませんが、ホンダのスーパーカブなんかも、出自はこう言った背景の乗り物なんですよ。

ただ敗戦直後だけに男手が極端に不足しており、かつ海に対する予備知識のない方が大海原に乗り出すことになった(従前から船舶を動かせる方は軍に徴用されて、大部分が戦没されてます)ために海難が多発したようです。
海レ協によれば、昭和28年ごろ相模湖や宇和島において総トン数5トン未満の小型遊覧船による海難が相次ぎ、社会的批判が巻き起こったとか。

こんなご時勢に遊覧船に乗れるご身分となると、おそらくごく少数の裕福な日本人か、占領軍の軍人か家族だったはずで、当時の日本政府に対し強い圧力がかかったんじゃないかと推察できます。
政府はこれを受け、昭和32年に総トン数5トン未満の船舶を旅客などの特定の目的で運航させる場合に、小型船舶操縦士免許を必要とする制度に改めます。

それでも無資格者の総トン数5トン未満の船舶による海難は後を絶たず、昭和40年代に入る頃にFRP製モーターボートが登場して普及し始めると、それに伴って海難も急増していったようです。
そこで政府は船舶職員法を抜本的に見直し、昭和49年に大型船と総トン数5トン未満の船舶を含む小型船を明確に区分した法体系に改めて、現行法の骨組みとなりました。

ここまで調べてみて、別の角度から気づいたこともあります。
それは日本の海事に関して、政府機関がズタズタに分断されていること。
例えば海上自衛隊は防衛省が掌握していますが、事実上の国境警備隊であり、国土交通省が掌握する海上保安庁が有事の際はどうなるかと言うと、海上自衛隊の組織に組み込まれる考え方にはなっていません。
また漁船は農林水産庁が掌握していますし、海は国と海上保安庁、河川は都道府県と警察庁が管理していたりと言った按配です。

明治時代から統廃合を繰り返し、太平洋戦争に突入して戦時体制からほぼ一元化もされた海事に関する政府機関は、戦後GHQによってズタズタに改編させられ、現在までそれを引きずっていると言ったところだと思います。
かつての世界の強国から見れば、植民地対象国のはずだったアジアのいち島国が、独創的なアイデアで強大な海洋国家になったいきさつを痛感していましたから、日本の敗戦にことよせて、再び強大な海洋国家になることがないよう封じ込めるつもりだったのかも知れません。

海洋国家の海洋に対する教育能力が削がれてしまった結果の副産物として、日本独自の小型船舶免許制度が生まれたのかも知れませんね。

ここまで書いたものは推論の域を出ないものばかりですが、仮に合っているとすれば小型船舶操縦士には、大変な責務が課されているとも言えます。
小型船舶免許を取る、すなわち率先して海を知ろうとした者は、海についての教育者でなければならない。
これが小型船舶操縦免許制度の本当の狙いなのかも知れません。

このあたりについては、もうしばらく研究を続けてみようと思います。
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